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私は三つ編みの前にひれ伏したい

美容師さんが「寝癖が気になるなら、寝癖が紛れるパーマをかけたらどうかなぁ、似合うと思うよ」というので、なるほどそれは便利と思い、奮発してかけたゆるふわパーマが、半月経った今、暴れてます。ゆるふわの名にふさわしからぬ荒れ模様。

どうも、パーマとカラーと夏の日差しのトリプルコンボに対して髪に栄養が行き届かないらしく(なんせ私栄養不足らしいから)、全体的にぱさぱさ。それともこれがニュアンスというやつ?私がゆるふわの範囲を見誤っているだけ??しかし、流さないトリートメントをつけて落ち着かせてから寝ないと、翌朝パーマ用のムースの乗りが悪いという状況からして、単に髪が傷んでるのに1票。誰だ、朝なんて3分もあればセットできて、ストレートよりも便利だなんて言ったやつは。あの若店長、さては利益をとったな(←逆恨みです、はい)。

もっさりした髪型を見ながら、三十路の教典(ただし独身に限る)『東京タラレバ娘』で、主人公が彼氏にソバージュをかけるよう勧められたものの、美容師さんに30歳超えたらパーマは髪が傷む的なことを言われてやめてしまったのを思い出しました。本筋は、彼氏に言われたからって髪型変えないよねっていうエピソードなんだけど、30超えたらパーマもまずいんかと、なんだかそちらに軽いショックを受けた記憶が。真実ではないと、信じたい。

思えば髪を整えたりアレンジをする才能が皆無のままこの年になってしまいました。扱いのいいストレートヘアなのにかまけて、基本的にはドライヤーかけておしまい。できるヘアアレンジはくるりんぱのみ。それだとまずそうな結婚式はアトリエはるかを予約。アレンジ用のスタイリング剤は主に別れた彼氏の置き土産を使用(ごめんなさい、でもメンズの方がさっぱりしてて使い心地がいいのよ)。

そんな感じなので、昔からヘアアレンジができる女子を尊敬します。特に朝の通勤電車で見かけた折りには、もはやありがたいレベル。巻き髪をゆるくまとめた髪型も可愛いですが、ニュアンス重視のアレンジは案外難易度が低く、ワンピースって楽チンだけど実はモテる的な計算が見えますので(何様だ)、私としては“三つ編み一本勝負”を推したい。髪全体を1本の編み込みにして後ろに垂らした髪型です。あれはニュアンスによる逃げ場が少なく、潔い。少女っぽい感じも可愛い。そして私にはできない。

大人の女性になったら、素敵なヘアアレンジもできるようになるんだと思っていましたが、やはり思っているだけではだめでしたね。しかし、いったい何が彼女たちをそうさせるのでしょう。いつでも可愛くありたい気持ち?もしくは溢れんばかりのクラフトマンシップ?そもそも朝の時間の使い方はどうなっているのかと思いを馳せて…、うーん、彼我の差が遠い。パーマすらもて余す我が頭を振り、いっそ三つ編みの前にひれ伏したくなる私です。

帰ってから、書いておこうと思ったのだ。

料理家の高山なおみさんのファンです。
暮しの手帖もそうだけれど、他の雑誌でも本屋の立ち読みでも、ちょこちょこ出会う“ご近所さん”のような存在だと、勝手に思っています。夫のスイセイさんと共に、たまに出会う素敵な近所のご夫婦ってかんじ。実際にはちょうどうちの母と同じ年なのだけど、年齢を感じさせない透明感のある、内省的で繊細な文章が好きです。加えて、繊細な感覚を持ったまま、毎日の料理というこの上なく実際的なことを仕事にしているという、バランスに憧れます。物語のある料理と、生活に根付いた感受性。
その高山さんが、なんと今神戸に住んでいるらしい!何気なく目にしたネット記事に驚きました。うわぁ、近くにいる。はじめて読んだのが「帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。」だったので、井の頭公園や吉祥寺の人という印象が強く残ってました。いかにも、中央線の人っていう印象です。(実際には大阪と神戸だったら都内の方が近いくらいですが、谷根千と吉祥寺の距離って妙に遠くないですか。たぶん心理的な距離だと思うんだけど。)
驚いたのではじめてホームページを訪問して、ほぼ毎日日記をつけていることを発見。なんだか、近所で会ったことしかなかった人の自宅にお邪魔して、玄関先に立った気持ちです。どうもこんにちは、ちょっとお邪魔します。全部読んでないけれど、夫との関係を見直したり、絵本を書くという目標を達成するためにひとり暮らしを始めたのだそうです。私は夫のスイセイさんも好きで、でもそれは全て高山さんの文章越しに見ているスイセイさんなので、いつも人の目を借りて横恋慕をしているような気分になります。広島弁がいいのよね。怖いっていう人もいるけれど、私は広島弁、やわらかくてのんびりしてて、ちょっと頑固っぽくて好きです。
憧れの近所のご夫婦に訪れた変化に、ちょっとはらはらしつつ、ひとりになりたいと思った高山さんの気持ちも分かるような気がします。私なんかはうっかりひとりになってしまったクチですが、知らない場所でひとりになると、自分の輪郭がはっきりする気がします。といっても、ここに存在している、という実感は薄れるのだけれど(たぶん相対的に確認できる他人がいないから)、自分の意識だけがクリアになって、空間全部を“自分”で満たせる感じ。ちょっとアブない感じもしますが、その感覚自体は悪くないんです。反対に、東京には個性を埋没させる圧力源があって、何をしてもどこかに繋がってひとつの仕組みのなかに埋め込まれてしまいそうな感覚になるときがあります。きっと街が持つパワーが強いんだろうな。
少々、話が飛躍しましたが…自分がファンの方が、同じような気持ちで近くに住んでいるのはうれしい限り。神戸にいる間にひとりぐらしの料理教室なんて開いてくれたら、ぜひとも行きたいなぁ。

ご参考:
ファンになったきっかけは下記の本。本を読むきっかけは、ハナレグミのアルバム。ハナレグミを聞くきっかけは、当時憧れの先輩、というつながりです。

帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。 (文春文庫)

帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。 (文春文庫)

帰ってから、歌いたくなってもいいようにと思ったのだ。

帰ってから、歌いたくなってもいいようにと思ったのだ。

フードアレルギー検査で、まさかの栄養不足が発覚。

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最近ようやく牛肉を買えるようになりました。ひとり暮らしには贅沢な気がして気が引ける…。

 

数えてみれば15年近く自炊をしています。もはや半生に迫る年数にぞっとしますがそれはそれとして、最近は自炊の習慣がついてきて1週間なんとか自前でやりくりしようとしているのは、周知のとおりです。

それなのに、それなのに…先日わたし、病院にて「貧血ぎみ。栄養失調だよ、難民の子と同じ。それに糖尿予備軍だね」と言い渡されました。貧血、難民、糖尿病とな…?言葉だけが巡って消化不良です。飽食の現代日本で、毎日ごはん作ってるのに、栄養が足りてない、とな…?

皮膚炎をきっかけに、フードアレルギー検査をしてみた

事の発端はアレルギー検査です。小さいころにアトピー体質だった私は、季節の変わり目や汗をかく季節になると衣類に触れる体の部分が痒くなって、また無精者なのでまめに薬も塗らず掻いてしまい、酷くなってイライラして病院に行って薬をもらい、塗ったら落ち着いて、落ち着いたら満足して完治させず、はい最初に戻ってやり直し、というのを何年も繰り返しておりました。書いてるだけでいかにもダメですね。で、時間の余裕がある昨今(暇なんて言わないで)、一回根本的に対応してやろうと思い立ち、血液を採取して食べ物アレルギーを検査したのです。
結果から言うと、アレルギーはほぼなし。アトピーが酷かったころにやってみたかったですね。強いて言えばということで、軽度のアレルゲンに指定されたのが「卵白」「ハウスダスト」「小麦」「アスペルギルス(こうじかび)」、「ビール酵母」でした。これはどういうことかと言うと、「卵や小麦製品の麺類は控えめに、味噌や酢などの発酵食品も控えめに、ビールも控えめに」「あ、チョコレートやコーヒーも取りすぎないように(アレルゲンと言うより刺激物という点から)」とのことでした。
うー、コーヒーとチョコをカンフル剤に仕事して、帰って簡単に用意できるオムレツやチーズクラッカーでビールを一杯、みたいなのがNGってことね…。アレルゲンといっても軽度なんですが、他の人のブログ記事など見ているとよく食べるものがアレルゲンに指定されやすい傾向があると書かれていたので、普段から上記シチュエーションを頻発していたのも原因かもしれません。だって美味しいし、用意しやすいのだもの。

血液検査で、食生活がばれた

で、アレルギー検査はまあよかったのですが、血液検査の結果が酷かった。ここで冒頭のセリフに戻ります。貧血・栄養失調・糖尿病予備軍。何かと言うと、炭水化物を取りすぎており、反対にたんぱく質がとっても不足していて、ビタミンもミネラルも鉄分も不足していていると。その結果、総コレステロール値は低い(たんぱく質不足)んだけど、中性脂肪は多かったり(炭水化物由来の脂肪…)、血糖値が低かったりする(糖質の取りすぎでインスリン過多、あと貧血も影響)わけです。血糖値に至っては、私が糖質を取りすぎるので、あらかじめ血糖値が上がるのを見越して下がってるみたいなことになってるようです。どうせホームラン来るから外野後ろに下がっとこう、みたいな状態です。前も、前も守ってくれよ。
しかし、この血液検査で食生活がばれるのってそうとう恥ずかしいですね。確かに私は炭水化物好きで、忙しくなるほど麺類やごはんにみそ汁みたいな食事に陥りがちです。昼ごはんと夜ご飯はしっかり食べていますが、朝ごはんを抜きがちなので結局二食になってしまって全体のカロリー不足は否めません。朝抜き、夜遅め帰宅で食間が開きすぎるのもよくないし、夕方には空腹を我慢しきれなくて甘いコーヒーやチョコをつまむのは日常茶飯事だし(いつも何か食べてるねって言われる。言い返せない)…必要なものが十分取れてなくて、代わりによくないものを詰め込んでるような生活ですね。先生に結果を言い渡されながら、走馬灯のように自身の食生活が蘇りました。そして、アレルギー科に行ったはずなのに「野菜から食べ始めて肉魚、ごはんは最後ね。食べきらないで2口残すこと。とにかくもっとまともな食事をするように。以上!」と食事のとり方を重々しく言い渡され、生徒指導室よろしく診療室を後にしたのでした。皮膚炎は薬のおかげで治ってきたのですが、なにか別の症状を(それも回復に非常に時間がかかる)を言い渡されたようなもやもや感…

自炊を見直す。とりあえず、たんぱく質

1週間の惣菜は、まとめて手作り☆わたしってば賢いわウフ☆みたいな気分で自炊を盛り上げて来ましたが、材料のやりくりに徹するあまり栄養不足、カロリー不足になっていたようです。これまでの献立1週間よさようなら。私は、私はたんぱく質を取ります…!その日は、「社会人の経済力をなめんなよ」とばかりにとりあえずステーキ肉を買って帰りました(冒頭の写真参照)。冷凍しておいた残りのラタトゥイユを温めて添えて、どうじゃーと言わんばかりに完食。美味しかったです。
そして、本屋で熱心に立ち読みをして「栄養学の本」と「食材の旬の本」と「野崎さんの料理のコツ本」を購入。課題解決を言い訳に本を買う、単なる調べもの好きの私です。この書籍への投資額のいくらかを、肉をかさ増しするかグレードアップする方に使わないのが栄養不足に至った一端であることは、わかっちゃいるけどやめられませんし、やめる気もございません。知らないジャンルの本は面白いのですもの。私はこの本を使ってまずは自分の献立を見直すことにしました。策に溺れないうちに、勉強の成果は近日公開。予定。

映画『ブルックリン』を見てきた

※ネタバレですので、よければ観た後にどうぞ。

 
チーズにもときめかない自分に活を入れようと、金曜夜のレイトショーで女の子の成長物語を見に行ってきました。
雑誌で見かけてとても気になっていた『ブルックリン』、淡々としているけれど引き込まれるという言葉につられて。あとは、ファッションが素敵だということだったので。
映画の内容は、仕事を求めてアイルランドからニューヨークのブルックリンに移り住んだ主人公の女性が、徐々に自分の人生を見つけていくという、書いてしまえばそれだけのお話です。なのですが、とても印象に残ってしまう不思議な映画です。
まずは、主演女優の演技勝ちだと思いました。見終わって、もっとずっと見てたくなるような、瑞々しくて、丁寧なキャラクターのエイリシュ。おぼこい田舎娘が洗練された都会の女性へと変身する様が、笑い方から歩き方まで表現されていてほれぼれしました。その隅々まで行き届いた演技と、着実に人生を積み上げる主人公のキャラクターがうまく重なって、一種のカタルシスをもたらします。彼女が泣けばつられて泣くし、泣きたい気分の時は、もっと泣ける。心地よい同調圧力です。
周囲の登場人物もよかったです。取り立てて立派ではないけれど、それぞれの妙な癖や弱味を愛せる人たち。同じ寮に住む曲者のお姉さん二人だって、イタリア料理を食べたことがない主人公にスパゲティの食べ方を教えてくれたりします。君らのそういうとこ、私嫌いじゃないわぁ。そういって肩を叩きたくなるような面々です。ちょっといい人が多過ぎて、ファンタジーな側面はあると思いましたが…またそれが映画全体から感じる心地よさにつながるのでしょう。
そして、故郷を離れて別の街で暮らすということ。何を差し置いてもこのシチュエーションに弱い私は、ホームシックに共感し、初めての恋愛に共感し、仕事の喜怒哀楽に共感して、うざいくらい主人公の身になっていました。アイルランドもニューヨークも知らず、1950年代も知らない私にとっては、主人公の一挙一動が普遍的に感じられるのです。手探りの状態から、何かをつかんでどんどん生活がいい方向に向かっていく、その感覚を自分の力で得たという自信。誰も知らない街を自分の歩幅で歩く喜び。一方で、帰郷して感じる親しみと疎外感。今ならもっと上手くやっていけると思う一方で、だから私はこの街を出たんだ、という納得感も強まります。不幸な姉の死、母の想いを犠牲にしてでも、自ら得た生活に戻りたい。だから、二度目のさよならは泣いてはいけない。自分で選んだ別れだからです。甲板の上で目を見開いて、遠くなる家族や友人、昔の自分、あったかもしれない暮らし、家や街や島を、目に焼き付けます。そのきりっとした表情が冒頭とは比べ物にならない自信に溢れた美しい表情をしているのです。無から有、死と再生。暮らしを一から作り上げることが、こんなにも人生を象徴しているんだなぁと、気づかされました。
そして、ここまで自分に引き寄せて解釈してしまうと、もう何に泣いてるのだか分からない。帰りの電車でも思い出し泣きしてしまって、隣のおじさんがちょっとびびってました。ごめんなさい、おじさん。私彼氏にふられたわけでも、上司に怒られたわけでも、仕事に疲れたわけでもないの。ただ女の子の成長物語に参ってしまっただけなんです。
 
という訳で、一人暮らしの社会人女性にはぜひ観てほしい映画でした。結局、主人公はちゃっかり恋も仕事も手に入れちゃうんだけどね。うらやましいことに。

チーズフォンデュでぴょんぴょんできない

二日酔い、風邪のぶり返し、暑さにかまけて更新をサボってました。料理もサボって、勉強もサボって、ちょっとスマホでゲームして、気の向くままに眠っておりました。梅雨のせいなのかな、毎年夏の初めは体がついていかなくてだるくないですか。

突然ですが、女の人が年齢とともに失うものって何でしょうか。肌のハリや艶。ハイ正解。それはもちろん間違いないんですが、こないだわたし、若者たちに誘ってもらった飲み会で自らが失ったものを目の前にしました。私以外20代半ばの平成キッズですよ。好きなアーティスト誰ですかって聞かれて、恐る恐る椎名林檎のファンなのよねって言ったら、ああ知ってますよと言われてちょっとほっとしました。ネット時代の恩恵、ロングテールバリューの林檎ちゃんありがとう。しかしほっとした直後に、君らの「知ってる」とは「知ってる」の年季が違うんだけどさ、と思って「デビューの時から好きなんだけどね」って言ってしまう謎の対抗心は何なのでしょうか。まあそれはよろしい。若い人が好きそうな(ああ何だろう、この言葉を書く時の自分が若者から強烈に離れていく感じ)お洒落なフルーツビールとか、カルパッチョ的なものとか、なんかアボカド入ってる奴とかを食べつつ、チーズフォンデュも頼もうということになったんですね。そしたら隣にいた後輩の女の子が喜んで、「わーいチーズフォンデュ」って言ってぴょんぴょん跳ねたんです。あっこれだ。これ今わたし、持ってないやつだ、と思いました。チーズフォンデュを喜ぶ気持ちと、椅子に座ってぴょんぴょん跳ねる可愛げ。もうできない。たぶんどこかで落としてきました。チーズフォンデュ、おーいいねぇと言いながらちょっと拍手の真似ごとをするくらいのテンションしか持ち合わせておりません。これかぁ。こういうとこかぁ。可愛いもんなぁ、ぴょんぴょんするの。年齢を重ねるということに、無性に納得しました。それがいいとか、悪いとかではなくて。

たまーに懐メロが頭を回って無性に聞きたくなる時があるんですが、近ごろ回っていたglobeの「feel like dance」を超久しぶりに聞いてみたら…当時とは比べものにならないくらい染みますね。「めくるーめくーおもーいは、なさけないほどこの頃味わえないよ」っていうところに、思わずチーズフォンデュを重ねてしまいました。いいの、この年齢にはこの年齢なりのめくるめき(名詞にしたら変)があるはずなの。チーズの溶けた奴には負けない、しっとりとした、大人の何某が。しかし、どこにあるんだろう...早めに探さないと、また何かを無くしてしまいそうだわ。

月末、強制オフライン中です

あれですよ、もう。いろんな制限を越えてしまって。パソコンもスマホもほぼフリーズ並みのスピード。うう、ブログ更新したいよう、パソコンで。画像付きで。
これは動画見すぎですよね、きっと。イー・○バイルがいけてないせいじゃないですよね。3ヶ月くらい前からこの現象のせいで月末はネットを強制自粛状態なのですが2年縛りでどうにもならんのは、通信会社のせいではなく自業自得なのですよね、、
ネットフリックス申し込みたいけど、こんな状態だと瞬殺だなぁ。

猫発作が止まらないので、猫と暮らすために検討すべきことを妄想してみた

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幼き日のなつめさんとくるみさん。猫って本当に段ボール好きですよね。

近ごろ仕事が大詰めで、なのに若者たちに誘われて飲み会に行ったりして、三十路の体力が限界です。もう日付超えたら駄目。かつての夜の女王(もっぱら徹夜仕事をするという意味で)も年には勝てませぬ。二日酔いに加えて風邪までぶり返して、せっかくの土曜を台無しにしました。

忙しくなると定期的に襲ってくる病があります。それは、猫欲しい病。ああ、猫が飼いたい猫が飼いたい猫が…となる症状をさします。今週は暇さえあれば猫の里親募集サイトを眺めて子猫チェックをして、結構リアルな猫ライフ妄想に囚われておりました。また今のマンションは許可さえ得れば猫が飼えるんですね。不可能ではないとなると欲望が抑えきれません。あとは行動するのみ、というぎりぎりまで妄想したので、本当に欲しくなった場合の備忘録として残しておきます。

発作的に猫を飼わないための妄想toDoリスト

※我が家の条件ですが、30平米弱のワンルームで、高層階にあります。ペット可の物件です。

①不動産屋に連絡し、猫予算を想定する
今の部屋は、猫を飼うとなると事前に報告が必要で、家賃が割り増しになります。確かプラス一万円くらい。なので、まずは許諾確認が必要です。また、退去時にはペットによる傷や汚れの修繕費が増えることが予想されるので、敷金は結構持ってかれるのかなぁと。また、もちろん飼育に関連したグッズや病院代などが必要ですが、愛する猫のためなら節約して捻出しましょう。あと細かいですが夏場はクーラーつけっぱなしも必要です。熱中症怖いですから。

②部屋の汚れや傷の対策を検討する
ペットをためらう理由として、そもそも借り物の家をぐちゃぐちゃにするのが申し訳ない、というのがあります。実際問題、猫が二匹いる実家は家中ぼろぼろなので、相当覚悟をきめます。特に爪とぎ被害が深刻なので、あらかじめ壁という壁には爪とぎ防止のために腰の高さくらいのシートを貼ってしまおうと思います。想像するだに面倒ですが、きっとどんなにしつけても猫が猫である限りちょっとは爪とぎされそうです。壁紙保護には扱いやすさと取り替えやすさを考えて壁と同色の段ボールはどうかと思っています。と、ここまで考えて、段ボールならむしろ嬉々として爪とぎするのではないか?と思い当たり、、家中爪とぎだらけ、という恐ろしい想像をしました。表面がつるっとした段ボール的なもの、ないかな。

③猫の快適さを考える
ワンルームなので、猫一匹だとしてもさすがに狭すぎやしないか、また台所や風呂場など危なくないか、などあらゆる想定が必要です。まず狭さについては、部屋が9畳くらいなので高さを作ることで解消しようと思います。奴らは高いところ大好きですからね。天井までのコンパクトなキャットタワーを端に置いて、突っ張り型の仕切り壁を少し離して置いて、間を板でつないで猫のためのミニロフトを作れないかと。壁の上に飾り棚のある家があると思うんですが、あれをキャットタワーと仕切り壁で作ってしまおうという算段です。問題はその間にベッドが来る可能性が非常に高いため、猫に直撃される危険性があります。でもいいわ、猫ならば。
あとはベランダが広めなので週末目の行き届く時には解放してもよいかもしれません。トイレとお風呂以外のドアは開け放し、できるだけ広く使わせます。

④不在時の対応を考える
働くお姉さんとしては、会社に行かねばなりません。平日は朝から晩まで不在なので、不憫な想いをさせそうですが、案外平気なのも猫です。ドアストッパーをしっかり固定し、遊ばれて困るものをしまい、餌と水と猫草をきちんと用意しましょう。問題は長期不在時ですが、基本はお留守番をさせて、誰かに見に来てもらうのが一番良さそうです。実家の母(猫ノウハウ高いが遠い)、近くにすむおじさん一家(猫ノウハウ高く近いが気を遣う)、近所にすむ友達(猫経験ナシだか頼みやすい)、あたりを想定しました。なんとか、なりそうです。
あとは猫のいる実家やおじさんちでまとめて面倒を見てもらうのもありですが、これは双方の相性や猫の性格、子猫のうちから慣らすなどトライアルが必要そう。少なくともうちの実家のお姫様たちは、他猫絶対無理ですね。。

⑤生活習慣を見直す
ここまでリアルに考えて、最後に日和ったのがこれ。おそらく、猫がやって来るとその辺に服を放り出したり掛けておくのが難しいでしょう。着物の陰干しも怖いなぁ。台所も流しもできるだけ清潔にしないと流しに置きっぱなしのフライパン(使用済み)なんて格好の餌食ですね。あとは毎日の床掃除をしないと毛だらけになるし、猫のトイレ掃除もマメにしないとやっぱり臭います。つまり、毎日の掃除が格段に増えます。まぁまぁ忙しく働いているので、毎日って言われるとちょっと自信ない…。頑張れると思う、猫のためなら。でも、でも大変そう…!

結論
まずは掃除と整理整頓のできる女になるべく頑張ります。憧れの猫ライフはそれからです。やっていける自信がついたら、そしたら、満を持して、飼ってしまうやもしれません。うひょひょ。笑いが止まらんわー。

妄想猫ライフ、“どんな猫になんて名前をつけるか編”は、このまま発作が収まらなければまた書きます。