食べることは殺生をすることです。趣味と芸術ー味占郷

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明日まで開催、杉本博司『趣味と芸術ー味占郷』
細見美術館で開催されている杉本博司さんの展覧会を駆け込みで見てきました。なかなか、面白かったです。美術館にたどりつくまでに暑さにやられてしまった感はありますが(京都、暑い!)、その上ものすごい情報量で飲み込めきれてないですが、自分にとって新しいものはいつもそんな感じが残ります。たぶん、見たものが受け止められる範囲を超えてるんでしょう。
 
すべてはおもてなしのため。情報量がものすごく多い
展示内容は婦人画報の連載を再現したもので、謎の割烹「味占郷」に招待された著名人二人を、その人たちに応じた床の間のしつらえや季節の料理でもてなすという趣向です。床の間のみが再現されていて料理はありませんが、作品の紹介パネルにゲストと料理、しつらえの意図が書かれています。それぞれの作品に膨大な知識、アイディア、企みが集積されているので、視覚で受け止めつつも背景を頭に入れて両方を繋げて見ないと面白くない。ひとりの作家の作品ですが、ひとつひとつがゲストをコンセプトにしたおもてなしの編集過程を見ている、という感じで、あー、頭使った。その場で、その場を知るための情報を頭に入れて見ていくようなものです。例えば、フランスの医学用解剖図を掛け軸に仕立てて、穴子の煮付けで寺島しのぶ夫妻をもてなす。寺島さんの旦那さんはフランスの方だからお国の作品を選ぶのですが、その掛け軸は見返り美人風の角度でこちらを向いた女性の背中がぱかっと開いて内臓の具合が分かる珍品。これを「おなごの開き」と名付け、だじゃれで「あなご」も開いておく。ゲストの背景、絵画の由来など分からないとぱっと見よく分かりません。あるいは、エジプトの死者の書を掛け軸に、青銅の猫を床に置いて考古学者をもてなす。戦時中の硫黄島の地図を掛け軸に戦争映画出演の俳優をもてなす。などなど。古今東西、ものの新旧や日常非日常を問わず、ものすごい知識量です。杉本博司さんの作品をまともに見たのが初めてで、遅ればせながらこの人すごいなぁと思った次第です。
 
床の間から感じる厳しさ。食べることは奪うこと
私にとって床の間は、“いつか家を持つのであれば必ずほしいもの”の2番目です(ちなみに1番目は縁側。これにより日本家屋になることはほぼ決定)。家のなかにちょっとアンタッチャブルな空間が欲しいんですよね。床の間って、ゲストを癒したり楽しませたりするだけじゃなくて、空間を縛るというか、規律を与える厳しさがある気がします。タイトルの「食べることは殺生をすること」というのは作品紹介のひとつに書かれていたんですが、それが床の間から感じる厳しさと重なることで、私にはよりよく納得できました。食べる行為のよい面だけでなく、それが同時に何かを奪っているという負の事実も意識した上で、カッコつけずに本質的に「食べる」という行為に向き合えよ、from床の間、って感じです。床の間パイセン、しゃーす。そう考えれば解剖図、死者の書、戦中の地図など、すべてどこかに死の匂い。まさか豚の死体を見ながらトンテキを食べるわけにはいきませんから、食べることと奪うことの関係性も、作品を読みとくことでじわじわと染み込んでいくのかもしれません。
 
図録売り切れてた…欲しいものリストに入れました
このように情報もりもりの展覧会だったので、ゆっくり咀嚼したくて図録を買おうとしたら、ミュージアムショップでは売り切れ。そもそも雑誌の連載ですでに書籍化されてますから、ならばとアマゾンを検索したら…なんだか新品が出品されてないような。むむ。手に入らないとなると急に欲しくなるもの、がんばって手にいれてやる。
帰り道、立ち寄った骨董品屋で戦前のガラス鉢をそうめんにいいなと思って買ってしまい…展覧会の影響を(極めてこぢんまりした発露ではありますが)見事に受けてしまったようです。わかりやすすぎでしょ、自分。