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帰ってから、書いておこうと思ったのだ。

日常
料理家の高山なおみさんのファンです。
暮しの手帖もそうだけれど、他の雑誌でも本屋の立ち読みでも、ちょこちょこ出会う“ご近所さん”のような存在だと、勝手に思っています。夫のスイセイさんと共に、たまに出会う素敵な近所のご夫婦ってかんじ。実際にはちょうどうちの母と同じ年なのだけど、年齢を感じさせない透明感のある、内省的で繊細な文章が好きです。加えて、繊細な感覚を持ったまま、毎日の料理というこの上なく実際的なことを仕事にしているという、バランスに憧れます。物語のある料理と、生活に根付いた感受性。
その高山さんが、なんと今神戸に住んでいるらしい!何気なく目にしたネット記事に驚きました。うわぁ、近くにいる。はじめて読んだのが「帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。」だったので、井の頭公園や吉祥寺の人という印象が強く残ってました。いかにも、中央線の人っていう印象です。(実際には大阪と神戸だったら都内の方が近いくらいですが、谷根千と吉祥寺の距離って妙に遠くないですか。たぶん心理的な距離だと思うんだけど。)
驚いたのではじめてホームページを訪問して、ほぼ毎日日記をつけていることを発見。なんだか、近所で会ったことしかなかった人の自宅にお邪魔して、玄関先に立った気持ちです。どうもこんにちは、ちょっとお邪魔します。全部読んでないけれど、夫との関係を見直したり、絵本を書くという目標を達成するためにひとり暮らしを始めたのだそうです。私は夫のスイセイさんも好きで、でもそれは全て高山さんの文章越しに見ているスイセイさんなので、いつも人の目を借りて横恋慕をしているような気分になります。広島弁がいいのよね。怖いっていう人もいるけれど、私は広島弁、やわらかくてのんびりしてて、ちょっと頑固っぽくて好きです。
憧れの近所のご夫婦に訪れた変化に、ちょっとはらはらしつつ、ひとりになりたいと思った高山さんの気持ちも分かるような気がします。私なんかはうっかりひとりになってしまったクチですが、知らない場所でひとりになると、自分の輪郭がはっきりする気がします。といっても、ここに存在している、という実感は薄れるのだけれど(たぶん相対的に確認できる他人がいないから)、自分の意識だけがクリアになって、空間全部を“自分”で満たせる感じ。ちょっとアブない感じもしますが、その感覚自体は悪くないんです。反対に、東京には個性を埋没させる圧力源があって、何をしてもどこかに繋がってひとつの仕組みのなかに埋め込まれてしまいそうな感覚になるときがあります。きっと街が持つパワーが強いんだろうな。
少々、話が飛躍しましたが…自分がファンの方が、同じような気持ちで近くに住んでいるのはうれしい限り。神戸にいる間にひとりぐらしの料理教室なんて開いてくれたら、ぜひとも行きたいなぁ。

ご参考:
ファンになったきっかけは下記の本。本を読むきっかけは、ハナレグミのアルバム。ハナレグミを聞くきっかけは、当時憧れの先輩、というつながりです。

帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。 (文春文庫)

帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。 (文春文庫)

帰ってから、歌いたくなってもいいようにと思ったのだ。

帰ってから、歌いたくなってもいいようにと思ったのだ。

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